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■オピニオン

1.ファシリテーションの「ファ」



 当研究室がこれからの時代における最重要スキルとして注目しているのが「ファシリテーション」です。
 最近、ようやくこの言葉をあちこちで耳にするようになりましたが
 まだまだ、十分に理解されているとは言えません。
 そこで、ファシリテーションのほんの「サワリ」、「ファ」の字程度をご紹介することで
 ファシリテーションが拓く世界を少しでも知っていただければと思います。


■「ヒラメキ」を「ビンゴ!」に


 誰にでも、ヒラメキがあります。でも、なかなか実現には至りません。
 忘れてしまったり、上手く伝えられなかったり、多数決で負けたり・・・。
 ひとりひとりの貴重な「ヒラメキ」を引き出して、磨き上げて
 誰もが「それやってみようよ!」と思える素敵な結論「ビンゴ!」に変える技術
 それがファシリテーションです。
 
 □創造的対話の触媒
 少し論理的に表現すると「創造的な対話を生み出すスキル」とでも言えるでしょうか。
 人の中に、チームの中に眠っている様々な発想を引き出し、かき混ぜ、グループ化し、構造化し、
 対立を解消し、より高度な結論へと昇華させていくスキルです。
 対話の主体としてではなく、対話の場を整える触媒としての役割です。

 □様々な能力の組み合わせとしてのファシリテーション
 それは、ひとつのスキルではなく、多様な能力の組み合わせにより創造的な対話が可能になります。

 それは、意見を言いやすい場の雰囲気を作る能力であり
 意見をどんどんと引き出すための聴く能力、質問の能力であり
 参加者全員に、その場でなされている対話を共有させるよう、対話を視覚化(書く)する能力であり
 出された意見を論理的に整理し、類似点、対立点、概念の階層を明らかにする能力であり
 より納得度の高い結論へと導く能力である
 といった具合です。

 □会議の場を変えるファシリテーション
 ファシリテーションをもっとも身近に感じられるのが会議の場です。
 会議の進行をスムーズに、そしてより納得度の高い結論に導くために
 ファシリテーションは大いに活躍します。


■脳が滅ぶ会議

 会社でも、ボランティア団体でも、自治会でも会議はあります。どこにいってもあります。
 そのほとんどすべてが「なんのためにやってるの?」という状況ではないでしょうか。
 無駄なだけなら、まだマシです。
 それどころか、脳がヒラメキを生む力を滅ぼしているのではないかとさえ思います。
 それでも、毎日毎日、ありとあらゆる場で「脳が滅ぶ会議」が開催されています。
 それはどんな会議か?いくつか挙げてみましょう。 

 □何について話しているのか不明の会議
 例えば、営業会議で、「売上げ不振」について話していると
 現状の確認なのか、原因についてなのか、打開策についてなのか
 不明のまま話が続けられます。
 この話はどこに落着するんだろう、と誰もがうすうす感じながら、延々とすれ違い続けます。
 だったら、会議しなくていいじゃない。

 □お互いに言いたいことを言っているだけの会議
 例えば、イベントの実行委員会で、「プログラム内容」について話していると
 講演をやりたい、屋台を呼びたい、体験コーナーを作りたい・・・
 という具合に、各自がアイディアを披露しあって、話は広がっていく一方。
 で、せっかくアイディアを出したのに、
 その場の実力者の案や、いちばん無難な案に決定したりします。
 だったら、会議しなくていいじゃない。

 □事務局案をなぞるだけの会議
 例えば、事業計画について話し合う前に、緻密に整理された事務局案が配布され
 議論はその上をたどるだけで終わる。結論は、表現を変える程度で事務局案と大差がない。
 だったら、会議しなくていいじゃない。


■わかっていても、やめられない
 
 いずれも、会って議論する意味がほとんどありません。
 思いを述べるだけでストレス解消になるなら話は 別ですが。
 では、なぜ、こんな無駄なことがあちこちで延々と続けられているのか?
 無駄だということは、みんなわかっているはずなんです。嫌々やっているんですから。
 それでもやめられないには理由があります。

 □「合意する」とは9割の「不採用」を生むこと?
 ひとつには、「合意する」ということに対する期待の薄さがあります。
 合意とは、出された意見の9割を「不採 用」にして、たった一つを結論として認める、
 ということだと思われがちです。
 A、B、Cという3つの意見が出 たら、必ずそのいずれかを採用することであったり、
 いずれもをツギハギ的に採用して何がなんだかわから ない意味不明な結論に至ることである、
 と捉えられていないでしょうか。これでは、会議に対して前向きになれません。

 □「合意する」とはもっと「創造的」なもの
 合意に対してもっと欲張ってもいいはずです。
 衆知を集めて考えるとき、個人が考えたアイディアを超えられないのであれば、
 何も会って議論する必要はないのです。
 合意とは、出された意見を、その場の多面性、多様性を生かして
 より高次なアイディアへと昇華する行為であるべきです。
 こんなイメージを持っていれば、会議に対して前向きな姿勢が生まれるはずです。

 □議論している自分をみつめる「メタ認知」がない
 もうひとつには、議論に対するメタ認知とも言うべき観点が抜けている、ということがあります。
 議論を外側から眺める視点が、会議の参加者に希薄ではないでしょうか。
 自分の意見を述べることには熱心でも、
 今、 どんな論点について、自分と相手は、それぞれ何に立脚して論を展開しているのか、
 何が共通して、何が相違しているのか、などについてはかなり盲目であることが多いようです。
 だから、言いたいことの言い合いになってしまし、議論が収束しないのです。

 □「幽体離脱」することが必要
 議論している自分たちから幽体離脱して、斜め上から観察する視点をお互いに持つことで、
 対話はかみ合 い、より建設的で生産的なものになるはずです。

 □「創造的な合意」と「幽体離脱」を目指すファシリテーション
 不毛な会議が続けられる理由、
 それは、「合意」に対する希薄な期待感、議論に対する「メタ認知」の欠落だと言えます。
 これを回復することができれば、会議は生まれ変わります。
 このふたつの必要性をふまえてスキルとして体系化されているのがファシリテーションなのです。


■ファシリテーションで見る夢
 
 ここから先は、すこし大げさで、希望的な話です。
 が、ファシリテーションの本質をあらわすものだと思います。 
 ファシリテーションは単なる会議進行のスキルではありません。
 会議のみならず、組織運営を、そして社会の動きを変えうるものだと感じています。

 □一部の権力者・知識人 VS その他大勢
 今までの会議、組織、社会は、一握りの権力者、知識人の考えがその動きを左右してきました。
 その他大勢の人たちには、権力者・知識人を超えるような「考え」を持つことができなかったからです。
 物理的な数においても、視点の多様性においても、権力者・知識人を大きく凌駕しながら、
 「みんなの考え・ 意思」をより創造的・建設的な形では持ち得なかった。
 まさに、無駄な会議しかできなかったからです。
 衆知を集めても、ごく少数の知識人に勝てなかった。

 □権力者・知識人を凌駕する「みんなの意思」
 しかし、もし、ファシリテーションの考え方、スキルが浸透するならば、
 衆知は集めれば集めるほど強力な合意・意思となりえます。
 衆知を集めて作られたみんなの意思は、権力者・知識人の力を凌駕できます。

 会社は、経営者の強力な舵取りのもとに動くのではなく、
 ひとりひとりが主体的に経営に参加しながら、みんなで動かしていくものに変っていくでしょう。
 社会は、政治家や官僚に任せきりのものから、
 生活者ひとりひとりが自分のリアルな感覚を発信しながら、
 本当の意味での「自治」を取り戻していくのではないでしょうか。

 □ファシリテーションの限界
 もちろん、ファシリテーションは理想の特効薬ではありません。
 衆知を集めることで、極端に走ったり、論点 が薄まってしまったりと、弱点があります。
 健全なファシリテーションが成立するには、そのスキルの完全性以外にも必要なものがあるでしょう。
 おそらく、対話に参加する人たちの場に対する依存性の強弱や、学びの姿勢など
 が関わってくるように思えます。そのあたりのことについては、稿を改めます。